2005年2月11日
今回は、ニンテンドードリームで8ページにもわたり掲載されたバイオ4プロデューサーの小林氏のインタビュー記事を要約して紹介します。
─バイオ4を一言で語ると”最高傑作”
すべてのゲームジャンルを超えてあらゆるゲームの中で最高傑作と言えるでしょうね。 もうどんなゲームにも負けないクオリティ!
─今作で大切にしたのは”ゲームとしての面白さ”
生感よりもやっぱり、リアリティ。
今作で一番目指したことは、ゲームとして面白いということ。バイオハザードとして面白いというより、ゲームとしての面白さ。
求めたのは一級の エンターテイメント。
─襲われる恐怖も音の演出によって増幅
これまでは部屋に入る時の扉がギーっとゆっくり開いて、そこに恐怖を感じるところがあったが、今回はそのような演出ではない。
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何かが現れたり何かが始まった時にBGMが流れて、雰囲気が変わる。
例えば、 チェーンソーの奴を倒して、落ち着いたらなだらかな曲が流れるようになって、また敵が出てきた時にボーンと盛り上がるようにしたりとか。
─銃へのこだわりは強い!
日本では本物の銃の音は採れないという理由から、
実際にハリウッドで音を採ってもらって、向こうのサウンド会社と協力して作ってる。
─ポイントスタート導入、死を恐れるな!
何回死んでもすぐにやれるように、セーブをしなくても
ポイントスタートを導入。
ストレスはたまらないと思います。死んでもちょっと戻るだけなんです。
(もちろんタイプライター式のセーブもあります)
<新システム採用の理由>
今回のゲームスタイルでは死にやすいので、それがないとキビシイなあという理由から。
また、ゲームの進み具合で、チャプター(章)に分かれていて、そこでも自動的にセーブ機能も付いています。基本的に、セーブする時はゲームをやめる時ぐらいで大丈夫。
─バイオ4の開発が本格的に始まったのは2002年春から..
コードベロニカが2000年の2月に出て、その後のこと。
その頃はゲームキューブの発表もされてませんでした。ゲームキューブで新作の『バイオ』を出すと発表されたのはN64からGCに移ったバイオ0が先でした。
はじめた時期から見ると4年くらいの期間かかっているが、事実上はゲームキューブでバイオが発売された時。
2002年春から本格的にスタートした。
何度も作り直されて、発売した『バイオ4』はバージョンが4つめくらい。
・Ver.1 「六本木のヴェルファーレの発表会で表に出された最初の『バイオ4』
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・Ver.2一昨年にE3で発表したバージョン
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・Ver.3その後発表してないバージョン
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・Ver.4発売にした『バイオ4』
─開発には関わっていた人数は100人以上!
のべ人数で言うとカプコン社内だけでも100人以上は関わってる。
─開発で一番大変だったことは”フルモデルチェンジの完成イメージ”
小林 「やっぱりフルモデルチェンジの完成イメージがハッキリしなかったことですね。
これでいいのかと何度も模索しましたし、でも、その苦労は僕以上に、 現場で作っているスタッフはとても大変だったと思います。これでいいという
人もいれば、これじゃダメという人もいて。開発スタッフにはそれぞれバイオ観がありますから、これがバイオだという1つのイメージにまとめていくのはとても大変だったんですよね。迷っていなければもっと早く出てたと思います。最初のテーマに掲げていたのは『フルモデルチェンジをしよう』ということでしたから。それが思うようにいかなかったんですが、三上が途中からディレクターとして入って、そこで『フルモデルチェンジ』できたという実感があったんです。僕もプロデューサーをやっていて、いけると思いながらも、ちょっとでも引っかかる部分があると、やり直そうということになったりすることもあったわけで、その意味では三上がディレクターになったのはすごく大きいんですが、今の感じになった時に出来たという実感があったんですね。」
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